
2025年7月は第2四半期の企業決算が集中し、重要な経済指標やFRB(米連邦準備制度理事会)の政策会合も重なったことで、市場関係者にとっては情報の洪水のような1ヶ月となりました。そうしたなかでも株式市場は全体として堅調に推移し、S&P500が月間で2.2%、ナスダック100が2.4%の上昇と、安定した成果で締めくくられました。
7月末にかけては、米中貿易交渉に前向きな兆しが見られたことや、アルファベット[GOOGL]、メタ・プラットフォームズ[META]、マイクロソフト[MSFT]といった大手テック企業がAI・データセンター領域での堅調な需要と好業績見通しを示したことが投資家心理を押し上げました。
8月1日(金)朝8時30分(NY時間)に発表された7月の米雇用統計が、市場に冷や水を浴びせました。非農業部門の雇用者数は7万3,000人増と、事前予想の10万人を下回りました。さらに、5月と6月の雇用増加数が合計で258,000人分も下方修正され、労働市場が当初の見方よりも厳しい状況にあることが示唆されました。
実質的な3ヶ月平均は約35,000人にまで減少し、これはコロナ禍以降でもっとも弱い期間とされる水準です。また失業率は4.2%に上昇し、2021年以来の高水準を記録。これを受けて市場は週を通じて下落に転じ、S&P500は2.4%、ナスダック100は2.2%下落しました。「ソフトランディング」への期待が揺らぎ、「これは景気後退の兆しではないか」との懸念が広がりました。
加えて市場心理をさらに揺るがせたのは、統計発表直後に下されたトランプ米大統領の突然の決定です。8月1、大統領は労働統計局(BLS)の局長のエリカ・マッケンターファー局長を解任するという異例の対応に踏み切りました。トランプ米大統領は、証拠をあげることもなく「今回の数字は誤っている」と統計が改ざんされていると主張、とった行動はいわゆる「メッセンジャーを撃つ」で、投資家の不安心理を一段と悪化させたのです。
さらに同日、トランプ米大統領は複数国に対して予想を上回る関税引き上げを発表。対象国は広範囲に及び、関税率も高く、一部例外はあったものの、市場の反応は即座にネガティブでした。S&P500先物は日本時間の夜間で1%近く下落するなど、リスクオフの流れが強まりました。また、関税発表直後にそれを撤回・延期することで市場が反発する「TACOトレード」(トランプ政権はしばしば屈する)への期待も打ち砕かれ、「今回は本気だ」との見方が広がりました。
7月30日(水)にはFRBのFOMC(米連邦公開市場委員会)がありました。FRBは金利を据え置きましたが、もしこの8月1日(金)の雇用統計が会合前に出ていれば、結果は変わっていたかもしれません。今回の雇用統計の結果を受け市場では、「9月にも利下げがあるのでは」とみる向きが急速に増えています。
FRBは「物価の安定」と「雇用の最大化」という二つの使命を持ちます。今回、雇用の弱さが顕在化した一方で、インフレ見通しはなお不透明。加えて新たな関税がインフレに波及する可能性もあるため、FRBは極めて難しい舵取りを迫られています。複数のイベントリスクが重なった結果、市場には再び不確実性が浮上したのです。
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岡元 兵八郎
マネックス証券 チーフ・外国株コンサルタント兼マネックス・ユニバーシティ シニアフェロー
上智大学卒業後、ソロモン・ブラザーズ証券(現シティグループ証券)に入社。東京・ニューヨーク勤務を含め26年間、外国株式関連業務に従事。上級管理職として機関投資家向けにグローバル株式投資の拡大を推進し、世界54カ国の市場への投資を支援。SMBC日興証券では米国株の分析・資料作成を担当し、個人投資家向けにも情報を発信。北米滞在10年、訪問国80超、33カ国以上の証券取引所・企業訪問の経験を持つ。2019年より現職。著書に『日本人が知らない海外投資の儲け方』、『本当に資産を増やす米国株投資』など。
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