忘れた頃にやってきたトランプ関税―ノイズか、転換点か

先週(10月6日週)の米国株市場では、10月8日(水)にS&P500が史上最高値を更新し、堅調に推移していたものの、10日(金)には急速に雰囲気が悪化しました。きっかけは10日(金)の米国東部時間午前10時57分にトランプ米大統領が「対中関税を大幅に引き上げる」というSNSでの発言でした。

トランプ氏は、中国が最近導入したレアアース輸出規制を「敵対的だ」と批判し、その報復として「大規模な関税引き上げ」を検討していると述べたのです。加えてトランプ氏が10月末に予定されている中国の習近平国家主席との会談をキャンセルするとほのめかしたことを受け、上昇基調にあった米国株は勢いを失い、S&P500は2.71%下落しました。これは、引き続きトランプ氏の「一人貿易政策」が世界経済の行方を左右する影響を保持していることを証明しています。

政府閉鎖の影響で連邦職員を解雇、VIX指数が上昇

また同日にホワイトハウスが、政府閉鎖の影響を受けて数千人の連邦職員を解雇するという以前の脅しを実行に移しているとコメントし、さらなる不安を広げました。報道によれば「政府閉鎖の結果として数千人が解雇される」とのことですが、その規模は明らかになっておらず、市場に新たな不確実性をもたらしたのです。

これらの要因を受け、VIX(恐怖指数)は2025年6月以来の高水準に上昇し、市場センチメントを示すCNNの恐怖と欲望指数は「恐怖」ゾーンに突入しました。

トランプ氏の発言に右往左往しないために重要なこと

しかし、株式市場がパニック的な反応を示した直後、トランプ米大統領は10月12日(日)に自身のSNSでこう投稿しました。「中国のことは心配しなくていい、すべてうまくいく!非常に尊敬している習主席は、少し困難な時期を過ごしているだけだ。彼も自国の景気後退を望んでいないし、私もそうだ。アメリカは中国を傷つけたいのではなく、むしろ助けたいと思っている。」

この発言を受けて、週明け13日(月)のマーケットは落ち着きを取り戻し、S&P500は最終的に1.56%の上昇で取引を終えました。つまり、先週末10月10日(金)の売りは一種の「ヘッドライン・ショック」、つまりニュースへの過剰反応の側面が強かったと言えます。

皮肉にも、10月12日(日)は、バイデン政権下の2022年10月12日に始まった今回のブル・マーケットが、ちょうど3周年を迎える節目の日でもありました。

トランプ米大統領がこの偶然を意識していたかは定かではありませんが、その記念日の前に、自身のSNSでのひと言が引き金となり、わずか1日で2兆ドル(約300兆円)もの時価総額を吹き飛ばしたのは、まさに皮肉であり、同時に「いかにもトランプ氏らしい」出来事だったと言えるでしょう。僕はこのような局面で重要なのは、「慌てないこと」だと思っています。

S&P500は年初来で何度も史上最高値を更新し、投資家の多くが「 高所恐怖症」気味になっているのは事実です。割高感があるなかで、ひとつの政治的リスクや発言が短期的な利益確定を誘発するのは自然な流れです。むしろ、それが市場に健全なガス抜きをもたらすこともあります。

テクニカル面では短期的な調整局面を示唆

今回のトランプ米大統領の発言も、僕は過去のパターンと同じだと考えています。2025年の春だけでなく、2018年、2019年にもトランプ氏は同様の「関税カード」を切り、中国側の交渉姿勢を揺さぶる戦術を取ってきました。

当時も市場は一時的に売られましたが、関税の実行率は限定的でした。したがって、現時点では「脅し」と「実行」のどちらなのかを見極めることが重要です。今回のSNSはトランプ氏の中国に対するフラストレーションからくる、独特の脅しのような気がします。

一方、マーケットにはテクニカル面ではいくつか気になる兆候もあります。S&P500の構成銘柄のうち、50日移動平均線を上回る銘柄は全体の36%程度まで低下し、市場の「広がり」が弱まっています。加えて、週足では主要指数が相場の上昇トレンドから下落トレンドへの転換を示唆するシグナルとされている「ベアリッシュ・エンガルフィング(陰の包み線)」を形成しており、これは過去にも短期的な調整局面を示唆するサインとなってきました。2025年9月の上昇がやや急だった分、2025年10月は例年通りのボラティリティ上昇期に入りつつある印象です。

優良銘柄を拾う好機

ただし、10月の調整は必ずしも悪いニュースとは言えません。歴史的に見ても、10月の押し目は年末ラリーに向けたエネルギー充填期となるケースが多いのです。短期筋による手仕舞いが進む一方で、長期投資家にとっては、AIテーマを中心とした優良銘柄を拾う好機とも言えるでしょう。

僕自身は、2025年の年末に向けたS&P500のターゲットを依然として7,000ポイントと見ており、短期的なショックに過剰反応しないことが重要だと考えています。市場は一見、センチメントが瞬時に変化するように見えますが、実際のトレンドはもっと緩やかに進むものです。今回のトランプ米大統領のSNS投稿によって、これまでマーケットを牽引してきたAIストーリーが崩壊したわけでも、年末に向けた利下げ観測が消えたわけでもありません。いずれにせよ、10月は例年ボラティリティが高まる時期です。恐怖に流されず、常に理性的な投資家であり続ける姿勢が求められます。

第3四半期決算は慎重な予想か

今週(10月13日週)からは、第3四半期の決算発表が始まります。いつもの通り、まずは銀行で、シティグループ[C]、ジェイピー・モルガン・チェース[JPM]、ウェルズ・ファーゴ[WFC]といった大手金融機関が10月14日(火)に決算を発表する予定となっています。

2025年10月末までに、企業数で68%、時価総額で72%を占める企業が決算を発表する予定です。業績予想(S&P500 EPS成長率)は、前年同期比で+7.2%、前回の第2四半期の10.8%と比べると、減速が予想されています。ただし、マクロ経済データをみると、経済は非常に堅調であることもあり、この7.2%の予想は、過度に慎重な予想と考えられます。

本コンテンツは情報提供を目的としており、商品申込等の勧誘目的で作成したものではありません。本情報はマネックス証券株式会社が作成したものとなり、株式会社イオン銀行(以下、当行)はその情報の正確性や完全性を保証するものではありません。本情報を使用することにより生ずるいかなる種類の損失について、当行は責任を負いません。なお、コンテンツの内容は、予告なしに変更することがあります。

岡元 兵八郎

マネックス証券 チーフ・外国株コンサルタント兼マネックス・ユニバーシティ シニアフェロー

上智大学卒業後、ソロモン・ブラザーズ証券(現シティグループ証券)に入社。東京・ニューヨーク勤務を含め26年間、外国株式関連業務に従事。上級管理職として機関投資家向けにグローバル株式投資の拡大を推進し、世界54カ国の市場への投資を支援。SMBC日興証券では米国株の分析・資料作成を担当し、個人投資家向けにも情報を発信。北米滞在10年、訪問国80超、33カ国以上の証券取引所・企業訪問の経験を持つ。2019年より現職。著書に『日本人が知らない海外投資の儲け方』、『本当に資産を増やす米国株投資』など。

岡元 兵八郎のプロフィールを見る