通勤手当は非課税なのに、社会保険料対象なのはなぜ?

執筆者:マネーコンサルタント

頼藤 太希

税金

2025年4月9日

【この記事を読んでわかること】

  • 通勤手当は「実際にかかった金額を支払っている」と考えるため、一定額までは非課税になっている
  • 社会保険料を計算する際の標準報酬月額には「労働の対価をすべて含める」と考えるため、通勤手当も社会保険料対象になる
  • 社会保険料が増えると手取りが減るが、出産手当金・傷病手当金・厚生年金などが増えるメリットもある

SNSではしばしばお金の話題がトレンドにあがります。大きな盛り上がりを見せていた話題の1つに「通勤手当は非課税なのに社会保険料の計算の対象になる」があります。通勤手当には、原則として税金はかかりません。しかし、社会保険料を計算するときには、通勤手当を含めて計算します。「そういうものだから」といえばそうなのですが、何だか不思議ですよね。なぜ税金と社会保険料で扱いが違うのでしょうか。
今回は、通勤手当が非課税の理由と社会保険料の対象になる理由に迫ります。

通勤手当は非課税なのはどうして?

通勤手当は、従業員の自宅から職場までの通勤にかかる費用を会社が負担してくれる手当です。

通勤手当は、会社が支給することを義務づけられているものではありません。しかし、厚生労働省「就労条件総合調査」(令和2年)によると、通勤手当は従業員30人以上の会社の92.3%で支給されているとのことです。ほとんどの会社で支給されています。
電車・バスといった交通機関を利用すれば料金がかかりますし、自動車・バイクを利用すればガソリン代がかかります。これらを従業員に支給することで、従業員の経済的な負担を減らし、働いてもらいやすくしているのです。

通勤手当は、厳密には「全額非課税」ではありません。
各交通機関や定期券、有料道路などを利用している方の場合、1カ月15万円まで非課税になります。また、自動車や自転車といった乗り物(交通用具)を使っている方は、片道の通勤距離に応じて4,200円〜31,600円まで非課税になります。なお、これらの非課税限度額を超えた場合には、その超えた分の金額が給与として課税されます。

通勤手当が非課税となっている理由は、所得税法の第9条5項にあります。

【所得税法】

第九条 次に掲げる所得については、所得税を課さない。

五 給与所得を有する者で通勤するもの(以下この号において「通勤者」という。)がその通勤に必要な交通機関の利用又は交通用具の使用のために支出する費用に充てるものとして通常の給与に加算して受ける通勤手当(これに類するものを含む。)のうち、一般の通勤者につき通常必要であると認められる部分として政令で定めるもの

法律の条文で表現が堅いですが、要するに通勤手当は「通常必要であると認められる部分」が非課税になるというわけです。国税庁のウェブサイトにも「通勤手当のうち、一定金額以下のもの」は非課税と記載されています。

厚生労働省で2012年(平成24年)に開催された「社会保険料・労働保険料の賦課対象となる報酬等の範囲に関する検討会」の資料によると、税制では「通勤手当は実費弁済(実際に使った金額を返済している)的な性質がある」とされてきたために、非課税の扱いになっていると説明されています。

通勤手当が社会保険料対象なのはなぜ?

通勤手当は原則税金の課税対象ではないのですが、健康保険料や厚生年金保険料といった社会保険料の計算の対象には含まれます。
社会保険料は、毎年4月から6月の報酬の平均額で計算する「標準報酬月額」に、所定の保険料率を掛けて計算します。そのため、標準報酬月額に通勤手当が含まれると、健康保険料・厚生年金保険料・介護保険料が増えてしまう場合があります。

通勤手当が社会保険料の対象になる理由は「報酬の定義」にあります。たとえば、健康保険法では報酬を次のように定義しています。

【健康保険法】

第三条

5 この法律において「報酬」とは、賃金、給料、俸給、手当、賞与その他いかなる名称であるかを問わず、労働者が、労働の対償として受けるすべてのものをいう。ただし、臨時に受けるもの及び三月を超える期間ごとに受けるものは、この限りでない。

つまり、通勤手当も「労働者が、労働の対償として受けるすべてのもの」のなかに含まれるため報酬の一部で、報酬の一部だから標準報酬月額の計算の対象に含めるという考え方なのです。

日本年金機構のウェブサイトにも、次のような記載があります。

標準報酬月額の対象となる報酬とは、労働の対償として経常的かつ実質的に受けるもので、被保険者の通常の生計に充てられるすべてのものを含みます。また、金銭(通貨)に限らず、通勤定期券、食事、住宅など現物で支給されるものも報酬に含まれます。

先に紹介した「社会保険料・労働保険料の賦課対象となる報酬等の範囲に関する検討会」の資料によると、標準報酬月額に通勤手当が含まれてきた理由は1952年(昭和27年)の厚生省保健局健康保険課長の疑義解釈(法令や診療報酬などの疑問点への回答)にあるとのこと。「(通勤手当は)被保険者の通常の生計費の一部に当てられているのであるから(中略)当然報酬と解することが妥当と考えられます」と回答していることを根拠にして通勤手当も社会保険料の算定に加えてきたのです。

ここまで読んできた方なら、税法上の解釈が妥当ではないかと思うことでしょう。
通勤手当は自由に生活に使えるわけではありません。同じ基本給にも関わらず、通勤手当のある無しで、月額の保険料で数千円以上高く支払うのはやはりおかしいですよね。

所得税法では実費弁償として非課税所得になっていて、社会保険上の解釈は保険料賦課対象としているのはやはり不合理です。

ただし、税法上の解釈に統一するとしても簡単ではありません。
通勤手当を社会保険料の対象外にすると、日本全体の保険料収入が減少します。それを賄うためには、保険料率の引上げが不可避です。

また、各人で通勤手当の金額に差異があるので、一律の対応が全体を通じた公平性の確保につながるのか検証しなければなりません。
さらに、通勤手当を社会保険料の対象外にすると、多くの場合標準報酬月額が下がることになり、失業給付・傷病手当金・出産手当金の給付額が下がることにつながります。国民の理解をしっかり得なければなりません。

多少時間はかかったとしても、社会状況に即した改正が進むことを願っています。

社会保険料の計算に通勤手当が含まれるとどうなる?

通勤手当が社会保険料の対象に含まれていると、手取りは減ります。

社会保険料が上がる

たとえば東京都在住・40歳未満で、基本給が月30万円、通勤手当がゼロの方と月2万円の方がいたとします。この場合の健康保険料・厚生年金保険料(労使折半後の自己負担額)は、次のようになります。

  • 通勤手当がゼロの方

=標準報酬月額:30万円(29万円以上31万円未満の方は30万円です)
健康保険料:1万4,865円
厚生年金保険料:2万7,450円
合計:4万2,315円

  • 通勤手当が月2万円の方

=標準報酬月額:32万円(31万円以上33万円未満の方は32万円です)
健康保険料:1万5,856円
厚生年金保険料:2万9,280円
合計:4万5,136円

基本給は同じ30万円なのに、通勤手当が2万円違うことで、社会保険料に月2,821円の違いが出てきます。通勤手当がもっと多くなれば、手取りの差も合わせて大きくなります。

年収「130万円の壁」に影響がある

年収「130万円の壁」は、社会保険上の壁です。年収が130万円を超えると、扶養から外れて、自分で社会保険料を支払う必要があります。
この「130万円」は、基本給のほか、通勤手当やその他の手当・残業代・ボーナスなどもすべて含めて計算します。ですから、仮に「通勤手当が年10万円出ている」ならば、基本給を年120万円に収めないと130万円の壁を超えることになります。

ただ、標準報酬月額が増えると、出産手当金・傷病手当金・厚生年金の金額も増えます。出産手当金・傷病手当金・厚生年金はいずれも、標準報酬月額をもとに計算するからです。通勤手当が社会保険料の対象になることで確かに手取りは減るのですが、必ずしも悪いことばかりではないことも押さえておきましょう。

  •  本ページは2025年3月時点での情報であり、その正確性、完全性、最新性等内容を保証するものではありません。また、今後予告なしに変更されることがあります。

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頼藤 太希

マネーコンサルタント

(株)Money&You代表取締役。中央大学商学部客員講師。早稲田大学オープンカレッジ講師。慶應義塾大学経済学部卒業後、外資系生保にて資産運用リスク管理業務に従事。2015年に創業し現職。日テレ「カズレーザーと学ぶ。」、TBS「情報7daysニュースキャスター」などテレビ・ラジオ出演多数。主な著書に『はじめての新NISA&iDeCo』(成美堂出版)、『定年後ずっと困らないお金の話』(大和書房)など、著書累計180万部。YouTube「Money&YouTV」、Podcast「マネラジ。」、Voicy「1日5分でお金持ちラジオ」運営。日本年金学会会員。日本証券アナリスト協会検定会員。宅地建物取引士。ファイナンシャルプランナー(AFP)。X(旧Twitter)→@yorifujitaiki

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